写 真 集

日本で「橋」という言葉が最初に登場した書物『古事記』の記述から明石海峡大橋に辿り着くまでどれだけの時間が流れたのか計り知れない。まさに悠久という言葉での表現が最も相応しいようだ。
橋長3,911b、中央支間長(スパン)1,990b、主塔の高さ297b、威風堂々と世界一の吊り橋だ。新井白石も驚愕の一言に尽きるだろう。
平成10年(1998)春爛漫、桜が咲き誇る4月5日に開通。起工から12年目を迎えていた。明石海峡大橋へは、ケーブル工事、2P中央径間大ブロック架設、への字やコの字天秤による数々の架設。そして桁の閉合、完成、開通とその都度、歴史的瞬間に立ち会ってきた。写真家冥利に尽きる。「サンキュー!」矢沢永吉流の雄叫びだア〜。
平成7年(1995)1月17日早朝に起きた阪神・淡路大震災で一時工事が中断するも  36,830本のケーブルは、プレハブ・パラレル・ワイヤストランド工法で無事架設。束ねられたケーブルのラッピングも順調に進んだ。同年6月に入ると、いよいよ2P中央径間桁大ブロック架設だ。その日は、朝から雨模様であった。私と助手は2Pの塔頂、290bのキャットウオーク上で待機した。助手は余りに高所なので「ちびって しまいました」怖いときに起こる現象なんだとか・・・。
眼下に流れ行く白い雲間に、それは大きな台船に乗せられた補剛桁1,680トンは、3,500トン吊級フローテイングクレーンと共にタグボートに曳航されゆっくり眼下の架設位置へ進入してきた。この一歩が歴史的な架設の幕開けであった。
カメラの直前、波打ち際を少女が疾風のように駆け抜けて行った。その少女が生まれた時には、当たり前のように存在していた明石海峡大橋。世界一の光景は、少女の【夢】を育んでやまないだろう。やがて少女が大人になって我が子に語る「お母さんと明石海峡大橋は、同じ年齢なのよ」あ〜、どうしても聞いてみたいセリフだ。


橋の探見録

1995.10
出版:BeeBooks

橋の探見録-2

2001.10
出版:遊人工房

橋の探見録-3

2007.05
出版:遊人工房



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